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手のひらにすっぽり収まる小さな命と奇跡のような出逢いのお話。



彼女と初めて出会った時、彼女は、手のひらにすっぽり収まるほどの小さな赤ちゃんでした。初夏のある日の早朝。健康のために、早朝ウォーキング中に、とある場所に来た時、どこからか、ミゥ、ミゥと小さな赤ちゃん猫の声が聞こえたのです。けれど、どこを探しても姿が見つかりません。声を頼りにどこだ。どこだと探してやっと、消火栓をしまっている古い赤い箱の下に隠れて、ぶるぶる震えながら、お母さんを必死に呼んでいたのです。

一目で、彼女が猫風邪にかかっていることがわかりました。だって。すでに、右目がそのためか、目やにで覆いつくされて、見えなくなっていたのです。彼女を見た瞬間、ずっと、下の息子が"〇〇ではなく〇〇〇になったら、絶対に黒猫を飼うんだ!"っと言い続けていましたから、"あ! あの子の妹だ! 天の神様が、準備が整ったから、あなたたちの家族にしてやってほしい!"と。瞬間そうおもってしまたのです。

人間の言葉もわかるはすのない、彼女に、言い聞かせました。「ちゃんとここでまってるんだよ。あなたをずっと待っていたお兄ちゃんを連れてくるから、ここから動いてはだめたよ!」・・・と呼びかけ、急いで、家にUターンし、まだ完全に明けていない空の下、急ぎ足で、部屋に戻り、まだ夢の中にいた、彼に、〇〇君!起きて!あなたの妹が現れたよ!と、今から思えば、なんて、むちゃぶりなんでしょう。

とにかく、その時は、彼女の命を何が何でも、救わなくっちゃ!あのままほっといたら、彼女は死んでしまう!ただ、一心にその思いだけで、眠気眼の彼をたたき起こし、急いで、彼女のいる場所まで、連れて行ったのです。

彼もそれまでは、半信半疑でしたが、一目見て、私の言っていたことを理解し、なんとか、彼女を病院に連れて行かなくちゃ!と思ってくれて、近くに親がいないか、ひょっとして、飼い主がいるかもしれないことを、その場所の持ち主にも確認し、のらであることがわかり、人に聞き、犬猫病院を必死で探し、まずは、彼女の命を助けるため、できるかぎりの用意をしよとう、ただただ、そのことだけを無我夢中で、やってしまったのです。

病院の獣医さんのみたてでは、まだ生まれて一か月半にも満たない感じということだったので、まだ5月の半ば、だったら、お母さんと誕生日が近いね・・と息子の一言で、私と同じ誕生日になったのです。けれど、すでに、猫風邪が進行して、たぶん、鼻腔の奥の症状はなかなか治らないかもしれないといわれたのですが、母の愛で、ぜったいに治してあげたい!との思いで、本屋さんに行き、ネットでしらべ、予防接種ができるまでの間、イギリスなどハーブ王国知識本を読んで、ごはんに体調を整えるハーブを混ぜ、健康になれるよう、必死で、毎日をすべて、彼女のために使っていました。

その甲斐もあったのか、予防接種が受けられるころには、すっかり、彼女の右目も、鼻腔症もよくなり、無事必要な接種をうけられたのです。なんだか、人間のわが子の時よりも、必死だったように思います。

必死でしがみついてくる彼女をみて、初めての場所で、知らない大きな人ばかり、お母さんも兄弟も誰もいない場所に、連れてこられて、夜になると、不安でしようがなくなったのでしょう。とにかく、顔の近くまで、私の息を感じられる頬まで、這いあがってくる彼女を、そっと抱きあげ、やさしく、大丈夫だから、大丈夫だから、人間母さんが、あなたを守ってあげるから・・・とあやすように、実際、子守歌まで歌って、眠りにつくまで、ずっとあやしていたのです。

今から思うと、あの1ヶ月半という時間は、二人と一匹の中では、彼女に一番、お母さん全開だったように思います。

だから、私の母性は、彼女のおかげで、10%~15%から、20%~25&までレベルアップし、完結したのです。どんなにイタズラ・不機嫌になってカプリされても、あの瞳でにゃんと言われたら、許してしまう彼女の母さんになってしまう花おばさんです。彼女の成長話は、また今度。
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安心できる場所、安心できる人 安心して自分でいたいと願う気持ち

いろんな受け止め方があって、当たり前、不安に思うことを、少しでも解消したい気持ちが起こることは、人として自然なことだと思う。けれど、3人以上、人が集まるコミニティや場所では、最低限の約束事は必要だと思っている。で、なければ、収拾がつかなくなり、混乱と、不快感しか残らなくなり、誰も、安心できなくなるからだ。

私も、ある会を立ち上げる際、会として会場を利用するため、登録する際、会のルールをきちんと整え提出し、会員の人には、それを守ってもらえるよう説明し、もし、他の会員の人へ負担がかかるような行為を繰り返す場合、代表責任者として、会員登録から除名もありえることを、はっきりと明記したものを、最初に読んでいただき、同意のもとで、運営してきた。

利用申し込みが多いところで、安心して、安全に、利用してもらうための、代表としてのある意味、全員の心と身を守るための責任もって、それを保障する義務があると捉え、ブラック企業ならぬ、ブラック団体にならぬよう、言わなければならないことも、言ってきたし、注意を促したこともある。そうやって、その時、その時で判断し、決断してきた。

苦渋の決断で、ある方には、参加出入りをお断りしたこともある。誰にとっても、安心できる場所であることは、最低限のマナーであり、保証されるものであってほしい。

もし、私がこれから参加するかもしれない場所であっても、そうであってほしい。安心して参加できるかどうかが、一番重要な必須条件だからだ。不安を抱えながら、いつも心配しなければならない場所であるなら、きっと、継続することは、難しくなるだろう。

そうやって、どうしても、安心できなくなったときは、自らの意思で、自分の心を消耗させないためにも、参加することを終りにしたこともある。その結果のその後の影響も、すべて覚悟上で、自らの意志で、選択」してきた。自分で決めたことは、後悔はしていない。

相手のことは、相手の問題であって、その人なりに自分で考えていくだろうから、相手のことは、相手に任せる・・・と本人にゆだねて、ご縁があれば、また。どこかで。というさらりとした感じで、尾をひかず、気持ちを引きずらずに、次に会ったときは、久しぶり。と普通に会話できるよう、気持ちを切り替えてきた。

相手だって、いつまでも、不機嫌な態度や、あきらかに避けられていると感じる雰囲気は、やりづらいだろうから、どちらにしても、気持ちよくはないから。

・・・・・と、、夜休むまえに つぶやいてみた。 トロすることは、私にとっての自然治癒力をサプリしてくれる安眠薬・アロマ効果なんだろうと思っている。? おやすみなさい。(*´ω`)┛

父性勝っている二人は、おおいに口ひげ話に盛り上がった話

昨日の事です。私は、つい先日入会したlabelXでの事を自分の時間で話しました。そして、もう一つのコミニティで、多くの影響をくれたあるGの人のことも。なかなか、デリケートな話なので、心許せる・安心できる人の前でしか、この話題はできません。(labelXのみなさん、どうぞ、ご安心ください、個人名も、暴露話もしていません。いろんな状態の人がいることで、多くの刺激を受けているそんな話しか話題にしていませんし、守秘義務であるのは、当然のマナーと思っていますから。)

数少ない、理解者であり、応援してくれている人たちです。月1回、みなやりくりして、集まってくれています。そんな中で、16年間も続いている関係であるにも関わらず、今までそんな話題に触れたことなかったのです。残念ながら、今回は、もうひとりの彼女は、仕事とかさなって、どうしても来れませんでしたが、参加していたなら、大いに、皆でガハハハッ!って笑っていたことでしょう。

一日に一回は、声を出して笑うことは、健康にもいいらしいですから。

はて、何のことについてか・自分は本当は男の子に産まれるはず!だったと信じて疑わなかった女の子は、ある日、家族から指摘されて気づいたのです。お口のまわりの産毛が濃くなっていることに。「あんた、まるで、男のようにひげがはえてきたんじゃない!?」って。それから、毎日鏡をみては、いそいそと、剃刀もって、じょりじょりしてました。笑

彼女は思ったのです。ずっと、男の子になりたかったので、天の神様が、男性ホルモンを少し増やしてくれたのかも。やったー!これで、無理なく、男子に変身できるかも~♪ って、うきうきしながら、毎日じょりじょりしてました。

そんな話をしたら、片方の彼女(彼女も私と似ていて、父性の方が勝っているお母さんです。)は、先月久しぶりに故郷に帰った時、同窓会で、ある男子に、まっさきに、『あんたは、あのひげが濃かった〇〇さんだよね!そうだよね?』彼女は、「私を覚えていたのは、そこかよ!」と思わず、つっこみたくなったそうです。

ふたりとも、ひげにまつわる中学の思い出でつながっていたことに、大いに盛り上がったのでした。

3人の共通は、お母さんであること。そして、皆・外からは見えない障害をもっていること。ひとりは、アスペルガー症候群。ひとりは、ADHD。かく言う私は、先天性背骨・脊髄欠損症・免疫不全という障害を持っている生まれてきた、皆、普通ではないその症状のため、生きづらい時間を過ごしてきた3人なのです。

父性性の勝っているSさんのパートナーは、父性性がほとんどない、母性が勝っている人だから、うまくいっているんだと思うと、彼女は、そう夫婦を表現します。もうひとりの彼女は、いわゆる、パートナーが、妻だから、性〇〇ができなくなり、ずいぶんとそのことで悩んでいる人です。ふたりとも、家族を愛し、家族のために、美味しいごはんを作ることが得意で、そして、自分を産んで育ててくれた遠くにある故郷にも、何のためらいもなく、必要はことがあれば、飛んで帰る人たちです。

けれど、自分と同じような境遇の子供たちのために、安心して通える居場所を、行政に働きかけ、学校をつくろうとしていたり、世の中を少しでもよくしたいと、そういった活動もしている、とてもアクティブな女性たちなのです。

まるで磁石のように、惹かれあい、少しでも、人の役に立ちたい、社会に貢献したい!という共通した想いを抱えている彼女たちから、わたしは初めて、安心して自分でいられ、彼女たちの生き方から、多くの刺激をもらい、お互いが、お互いの人生を応援し、リスペクトし合う、私が人と人との関係を作っていくうえで、心からそうありたいと思っていた関係でいられる、数少ない知人たちなのです。

それは、ひとえに、まわりと違い、同じことができなかった少女時代、生まれてこない方が、よかったのかも。親にとっても、社会にとっても、何の価値もない、必要とされない・役立たずの人間なんだ・・と完全に自己否定していた時を過ごしたからこそ、それがバネになって、やりたい!と思うことを、一瞬たりともあきらめずに、奮闘する日々を、皆送っているのです。

だからこそ、私は、安心して、彼女たちに、まっさきに、私のXジェンダーをカミングアウトできたのです。友人でも、家族でもないけれど、それは、まるで、生きづらさを抱えながら生きてきた戦友のような関係なのかもしれません。よぼよぼのおばあさんになっても、その関係を大事にしていこうと思ってます。

そんな花おばさんのXジェンダーライフです。では、また。

わたしという人間、小さな怒りの巨人でした。

少女時代、私は、小さな怒りの巨人でした。人が、人を、理不尽な理由から排除し、尊厳をいとも簡単に、こなごなにしてしまう行為にたいして、瞬間湯沸かし状態によくなっていたからです。漫画でよくみる、怒りの表現に、頭から湯気がでている。そんな子供でした。

その感性を陰ながら応援し、大事なことだと教えてくれた人は、私の父。人を理由もなく、差別するような人になってはいけないよ。それはね、例えるなら、天に向かってつばをはくようなものだから。その吐き出したつばは、そのまま真っすぐ、自分の頭上に戻ってくるから、決して気持ちのよいものではないから、誰も見ていなくても、人の悪口、陰口を平気で言いふらす人間になっては、お前はだめだよ。・・・・三つ子の魂、百までもです。

きっと、どこかで、周りの子供たちが、人を大人の噂話で、悪口・陰口を普段から聞いていて、そっくりコピー状態を見ていて、我が子にはそんな生き方をする大人になってほしくない・・と強く思っていたのだと思うのです。

川向こうに住んでいた季節労働者の家族、違いは、くつを履いているか否か、定職についているかどうか、住んでいる家がきれいかどうか、そんな大して違いはないのに、人が人を外見など、あるいは優越感のために、人を見下し、偏見をもち、蔑視する行為に対して、大事なことを父から学んだんだと思うのです。

小学校で、その見た目の外見から、まるで怪物でも見るように、面白半分・からかっていた女の子たち。ダウン症のその子は、ただ、みんなと一緒に遊びたいだけなのに、みんながからかうので、怒りと、悲しみと、入り混じった感情から、うーうー、うなりながら追いかけていた光景。

何故彼が、怒っているのか、その子の瞳を見た瞬間、まるでテレパスのように、複雑に入り混じった彼の想いが、ど!っと私の心に流れ込んできて、悲しくて、悔しくて、うなっていたんだということを知りました。

正義感のかたまりのような男の子のような私でしたので、迷わず、今日から、私が君の友達になるよ。いじめる人がいたら、〇〇ちゃんが、みぃ~なやっつけてあげるよ!と約束し、その子の手をつないで教室に帰っていったのです。

その時、その子を怪物扱いしていた女の子たちから、『わぁ!気持ち悪ぅー。〇〇ちゃん、よく手をつなげるね、ばっちぃ!』その言葉を聞いた瞬間、私は、その場で瞬間湯沸かし器になっていました。小さな体全身が怒りの湯気で、湯だっていたと思うのです。

心の中で、『あんたたちは、見かけはきれいかもしれないけれど、心はぐちゃぐちゃのヘドロのようにまっくろだ。この子の手は、とってもあったかくて、姿はきれいではないかもしれないけれど、心はきれいだもん!』と、怒りまくっていました。

漫画得意な人でしたら、その光景をユニークに表現できるでしょう。頭の中で、イラストしてました。

大人になっても、理不尽なことをする人、最初言っていたその人の理想とする意見と、やがて、まるで真逆なことを繰り返す行為の人、そして、自分に対してよりも、誰か他の人に対して繰り返す行為を見てしまうと、”それはないんじゃないの!”と静かな怒りと憤りを燃やしていました。それは、やがて、潜在意識下に深く潜ってしまって、普段は悪さをしないのですが、あるとき、その内面化していた怒りと憤りが解き放たれて、夢を通して、気づくのです。私は、相当その行為に怒っていたんだと。

まさに、あの”進撃の巨人”になって、街を破壊し、戦車をなぎ倒し、ぅおー!!!と叫びながら、人をくいちぎりながら、暴れまわり、今私は、巨人になって、怒ってた感情を吐き出している!? そっか、夢があの時のリベンジをさせてくれてるのね。なら、思いっきり、暴れて、溜まっていた怒りをぜーんぶ、出しちゃえ!!!!と、思いっきり夢の中で、暴れまわりました。

夢は、時々、現実の世界では、犯罪になってしまうことであっても、その感情を、その時の気持ちをおきざりにしないで、安全な方法で、リベンジさせてくれるみたいです。そして、あぁ、やっぱり怒っていたのね。忘れていたのではなく、協力していくために、心の奥に押し込めるしかなかった自分を、もっと、ちゃんと、気づいてあげなくては・・・と気づかされるのです。

セルフタイム。気づかないふり、忘れたふり、何もなかったようにふるまわなければならない、現実であっても、それでも、ちゃんと感じている気持ちや、感情は、できるだけ、私が私の責任者であり、管理者なのだから、きちんと、置き去りにするのではなく、安全な関係の中で、トロする・トロできる時間を持たなくっちゃ!と思って、時間を定期的にとるようにしています。

今日も、このあと、自宅にて、知人達が訪ねてきてくれて、そんな時間をとるのです。もうすでに、16年続いている・私に、皆にとって、なくてはならない、大切な時間となっています。対等に時間を分け合って、お互いの人生と感性をリスペクトしながら、シェアする時間なのです。

誰にでもある心の自然治癒力に作用する大事な時間。十分に、安心して聞いてもらう時間は、意識して、取った方がよいよ!と息子たちにも、聴いてもらいたい症候群の強い人にも、進めている自己治癒・セルフタイム。

そんな花おばさん、小さな怒りの巨人だった(いや、大人になっても時々巨人になってしまう)お話です。では、また。(*・`ω´・)ゞ

産む、産まないを選ぶ自由

あるXジェンダーの方の日記で述べられているXジェンダーライフのひとこまに、産みたい気持ちがあるとあったことで、自分や女性の中には、産む、産まないを自分でよく考え、選ぶ自由がほしかった・・という意見をよく聞いてきたので、産みたいと願っている医学的男性と、産みたくて産んだのではない・・という医学的ノーマル女性の問題を解決できる将来的な、そんなこと悩まなくてもよい時代がくるといいなと思った。

どちらかというと、かく言う管理人も、結婚も、子供を産むということも、まったく望んではいなかったし、できるものなら、どうするか考える時間と、選ぶ自由がほしかった。けれど、今はどうかというと、現実、私はふたりの男子のお母さんである。後悔はしていない。授かった命を十月十日・子宮で育み、つわりも経験し、確実に育っていくわが子を、産む瞬間の不安もあったけれど、お母さんという偉大さを、肌で実感し、生命をこの世に送り出す神秘さを実感した。

あの出産の長いはてに、出逢う親子の絆と感動は、父親になる男子には残念だけれど、生まれ変わる時を待たなければ、経験することができないので、将来的に医学の技術が発展し、可能になる時がくれば、体験することもよいかもしれないと思う。

その経験を通して、我が身以外の存在を、我がことのように、何が原因で泣くのかわからない時、風邪をひいて苦しくて泣く我が子をみて、代われるものなら私が全部代わってあげたいと、心からそう思った・それこそが、母性なんだと実感し、私の中にも確実に母性が芽生えたことに気が付いたのだ。

だから、思う。母性も、父性も、実際にそれを経験し、子供の成長とともに、共に暮らし、共にごはんを食べ、共に笑い、共に泣き、共に喜ぶ、そんな日常のささやなか経験を通して、育まれ、育っていくものだと。

最初から、お母さんにも、お父さんにもなれるわけではないと思うのだ。少しずつ、少しずつ、経験を通して、自分で育てていくのではないだろうか。

子どもに関わる仕事をしていると、特に最近、ニュースで報道される・児童虐待や、まだ乳幼児であるにも関わらず、実の親に虐待され、命を奪われてしまう子供たちのことが気になってしようがないのだ。

信じられないのだ。母が、我が子を、父が我が子を、いらいらして、つい、かっ!っとなって、やってしまった。かわいそうなことをしてしまった・・と言い訳している場面をみると、吐き気がしてくる。

だったら、親にならないでくれ!育てるのが難しいのなら、いらいらして、殺すくらいなら、どこかの施設にあずけろよ!とむらぐらをつかんで、怒鳴りたくなる。

息子がよく言っていた言葉を思い出す。 親学校で、ちゃんと勉強して、あなたは十分に親になっても、子供を安全に、安心して、育てるだけのことが身についたので、卒業です。・・・というシステムがあればいいのに。簡単に、親にならないでくれ!と憤慨していたのだ。

まったく、その通りだと思ったのだ。 体は十分に大人になってはいるけれど、自分のことだけしか考えられない心がまだまだ未成年・お子様状態の大人が増えているんだろうと思う。

だったら、医学的男子であっても、子どもを産みたいと願っているXジェンダーの人に、産んでもらった方が、よほど、生まれてくる子は、愛されて、望まれて、生まれてくるのだから、ぜったい、そちらの方が、幸せなんだと、そう感じる。

親学校、現実それが社会の中で、浸透すれば、また、閉鎖的になってしまう父と母だけではない、親ではないけれど、生まれてくる子のアライになれる人たちが、家庭の中に介入し、親の負担・ストレスを軽減できる社会全体の問題として、取り組める環境になっていけば、今もどこかで恐怖に怯えている小さな命も、安心して、生まれてきても、よかったんだと思えるようになるのではないかと思う。

そして、命を失ってしまった子供たちの思いを聴くことはかなわないけれど、けれど、もう、二度と、ぼくたちのような悲しい子供をつくらないで・・・と。彼らの想いが聴こえるような気がする・だから、今も少しでも、救える命があるなら、関わりたいと思って、老体にむちうって、踏ん張っている。

そんな今日の、Xジェンダーおばさんの、つぶやきでした。おしまい。

音楽を聴きながら始まる朝

今、3年後をめざして、語学勉強をしている。現在住んでいる場所が、観光名所に近いこともあって、いたる場面で、何故だか、よく道や目的地への行き方、電車の乗り換え駅、その歩いてどのくらいかかるのか、頻繁に聞かれることがある。

そして、大抵の人は、ある程度、日本語が話せるし、つたない私の英語も聞き取ってくれる。けれど、中にはまったく、英語も、日本語も話せない人たちも、日本に来ていることを知って、なんとかコミュニケーション取りたいと思ったのが、朝のラジオ語学時間の始まりなのだ。

ある韓国の若いカップルが、歩道の真ん中で、誰にも何も聞けず状態で、地図を片手に、うろうろ右往左往している姿が遠くからも一目でわかり、その困りようが、あまりに気の毒なので、なんとか、会話しようとしても、お互い共通する言語がなく、仕方なく、強制的に、腕をひっぱって、目的のホテルの場所を、通りすがりの地元の人に尋ねながら、ホテルまで連れていく・・・なぁーんてこともを経験し、3年後のオリンピック時には、その何倍もの外国の人たちが、どっと、日本に訪れるにあたって、最低限の、その人の母国語が聴き取れて、最低限の案内ができる会話力を身に着けたくて、今奮闘中なのです。

朝の6時から8時半まで間の数各国語を、とにかく最初は耳慣れするためにだけに集中して、そしてもう少しだけ、今より英語力をスキルアップさせるために、花おばさん頑張っているのです。(頑張る・・という言葉は、あまり好きではないのですが、でも、本気で頑張っているのです。(。>ω<。)ノ

そんな毎日の中で、今朝のラジオ語学時間に、ある音楽が流れてきて、その詩の内容に、そして、その歌声にしびれてしまったので、今日のブログにアップすることにしたです。(みなさんにも、聴かせてあげたかったな。ジャスとか、お好きでしたら。後で、タイトル探して、そして、誰が歌っていたのか、調べてみよう、そうしよう!)

その詩は、次のようなものであった。大人の雰囲気をもった男性の低いしわがれた味わいのある哀愁を感じる歌声にも、しびれてしまった。いい感じ~な朝の時間だった。

Birds flying high, you know how I feel. Sun in the sky, you know how I feel.
Breeze driftin’ on by, you know how I feel. It’s a new dawn, it’s new day, it’s a new life for me, yeah, it’s a new dawn, it’s a new day, it’s a new life for me,ooooh, And I’m feeling good.

高く飛ぶ鳥たち わかるよね、この気持ち。空に太陽 わかるよね、この気持ち
通り過ぎるそよ風 わかるよね、この気持ち。
私の新しい夜明け、新しい一日、新しい人生、
私の新しい夜明け、新しい一日、新しい人生。
そして、とてもいい気分。

その後も次のように続くのです。

海に魚たち、わかるよね、この気持ち。自由に流れる川、わかるよね、この気持ち
木に咲く花たち、わかるよね、この気持ち。私の新しい夜明け、新しい一日、新しい人生
あああ、そしていい気分。

日差しの中のとんぼたち、わかるよね この気持ち、知っているよね。
楽しく飛び回る蝶たち、わかるよね、この意味が
日が暮れてぐっすりと眠る そういう意味なんだよ。
そして、今までの世界は、私の新しき素晴らしい世界

星たちよ それが輝くとき、わかるよね、この気持ち。
松の木の香り、わかるよね、この気持ち。
ああ、自由は私のもの。私はこの気持ちがよくわかっている。
私の新しい夜明け 新しい一日 新しい人生 あああ
とてもいい気分

・・・と歌っていたのです。

そのなんとも言えない語りかけるさりげない風景を、心から楽しんで味わう感じが、とても、心地よく、長い間の閉ざされた凍り付いていた冬から、春の日差しによって、ゆっくりゆっくり溶け出し、ひょっこり春を迎えた植物や虫たちの、命の喜ぶ賛歌のように、感じられたのです。新しい夜明けを迎えた今の私の心境に、寄り添うようなその詩とメロディーと、あたたかい歌声に、しびれました。なので、今日のXジェンダー・ライフ日記は、これだ!と思ったので、アップしてみました。人の生の声って、あったかくて、やはり、いいなぁ。

私の中の%テージ・どちらが勝っているか・・・。

はっきりと認識自覚できてるもの。父性性と母性性。その%テージは、75% と25% もちろん父性性が勝っています。

けれど、息子の見立ては、父性性80% 母性性20% けれど、昔は、95%と5%だったよねと判定されています。
いや、ひょっとしたら、0%に近いほとんどなかったかもね・・・と笑われます。

そうだよね。あんたたちのおかげで、鍛えてもらったもんね。お兄ちゃんで5% あなたで5% そして、じじで5%(保護猫・黒とシマのミックスのらで、れっきとした女の子です。なぜジジという名前なのか?彼女を保護した時、病院を探して診てもらった待合室で、わんちゃんのおかあさんが、手のひらサイズの彼女をみて、『わぁー!ちっさい子猫ちゃんね、まるで、魔女の宅急便にでてくるジジみたいー!』の一言で、決まってしまったのです、それまで、息子と二人で、何て名前呼ぼうか、なんて、あれこれ、名前の候補考えていたのですが、、受付の人に、では、ジジちゃん、どうぞ、お入りくださいと、診察券にも、〇〇ジジと名前が記載されたのでした。後で、あれこれ、考えたのにね。決まっちゃったよ。でも、まっ、いっか!となったのです。)

私の中の母性は、彼らと彼女のお母さんを引き受けることを決意して、いろいろな事を経験する中で、少しずつ育まれていき、保護猫じじのお母さんになることで、完結したのです。彼女と人間の私とでは、まったく使う言語は異なりますが、ともに暮らすうちに、お互いの言っている言葉が何を言っているか、だんだんわかるようになり、そして、家猫になることで、彼女の豊かなバリエーションの鳴き方ができるようになり、甘えたり、すねたり、機嫌を害したり、ぶつぶつ文句言ったり、手に取るように、わかるようになっていきました。命ある者は、人間であろうと、動物であろうと、感情があり、心が育まれていくことを、2人と1匹のわが子たちに、教えられたのです。

そして、今では、お母さんにさせてもらい、育ててもらって、ありがとうの感謝の気持ちしかありません。それまでの私は、ずっと、母親になるべきではない、まったく母性の欠片もない人なのに・・・と自分を責めていましたし、できるだけ、早く、お母さん業を卒業したい!と思っていたのです。だから、台所で夕飯の支度しながら、よくぼやいていました。

『そろそろ、お母さん辞めてもいいかなぁ~?』その時の彼らは、返事に困っていたようで、無言で返すしかなかったのです。酷なことをしてしまったと、反省しきりです。そんな未熟な1/4人前の母親であっても、彼らは、私を責めることもなく、『母さんは、疲れてんだよ。今度休みが取れたら、ゆっくり自分へご褒美あげたら・・・』とそっと、やさしく見守ってくれたのです。

だから、思うのです、親の心、子知らずではなく、子供心、親気づかず。 私が、今も曲りなりもお母さんしていられるのは、二人と一匹のおかげ様。

話は変わって、遊びで、あるテストを試してみました。どんな結果になるか、興味があったからです。自分の中の、男性性と女性性の%テージがどう判定されるのか、ちょっと、知りたかったので、検索して、やってみました。

男性性 かなり高い 35点満点中、29点 女性性30点満点中、9点  その内容の中で、女性性について、あなたはかなり低く、女性らしいお化粧やファッションには、まるで興味がなく、女性というより、中性あるいは、男性的ですと、評価がでたのです。

ノーマル女性の前では、無意識に、ナイト(騎士役)に徹している自分をよく感じます。ノーマル男性の中に混じっても、まったく違和感なく、普通に話すので、その時の私は、女性であることを忘れています。同志という感覚に近いのでしょうか。むしろ、相手が女性的なものを意識して近づかれると、困ってしまい、できるだけ、それを避けるようにする自分がいます。

苦手です。反対に、女性の人から、お母さん的感情のお守り役を要求されることも、負担になるので、そんなタイプの方とは、できるだけ、遠ざかり、同じ空間にいても、一番遠くに離れています。はっきり言って、疲れるからです。全然、見た目と違って、やさしくない人ですから。

あぅ、どこか触って、文字が太文字ゴシックになってしまった。あまり、ゴシックで好きではないのにな。

今日の花おばさん日記は、これにて終了。これから、筋肉トレーニングに行ってきます。来年の長距離帰省を実現させるために、1年間、筋肉回復計画中です。では、また。

Welcome Dear windy wonderman!

ようこそ、W・Wさん

やはり、私が思っていた通りの人でしたね。うれしいです。

自分のことをカミングアウトすることは、ある意味、とても怖いことで、信じたい気持ちと、もし、願いや希望が叶わなくともそれは、仕方ない事、残念だけれど、その人とはご縁がなかったんだと、自分に言い聞かせるしかないと、いつも、思っていました。

それでも、これまで、長い間、なかなか浮上できない中においても、気にかけてくださっていたW・Wさんのお人柄、自然を愛されているあなたの優しさに、いつも、慰められていたその人柄に、間違いはないと感じていたので、W・Wさんには、いつかお伝えしたいと心ひそかに、願っていました。

W・Wさんがメールでカミングアウトしてくださった内容と同じような経験を私の息子たちもしておりました。それは、全国へ転勤しなければならない環境下にあったことで、理不尽ないじめなどに遭い、自分のアイデンティを全否定されることから、自分を信じることができなくなり、レールからはずれる、ある意味、それまでの価値観とは、まるで異なる道を歩くことを選択してきました。

決して、楽のできない道でしたが、むしろ、窮屈ながんじがらめの鎖から、親子とも解放され、ふたりとも、自死衝動に陥ったこともありますが、十分、自分の心と体を休めれば、長い冬の先に、きっと雪解けを迎え、やがては、芽吹く春が訪れることを信じて、ふたりの一番の理解者であり、味方になろう!と思って、踏ん張っていました。

今では、ふたりとも、成人し、それぞれの道を歩んでいます。その経験は、私自信を、大きく成長させてくれ、自由にしてくれました。ふたりの苦しかった時間を共に泣き、共に悩み、共に喜び、苦労を共にする、まるでR・P・Gの、旅の仲間のような関係になることで、親子であっても、完全に対等な関係になれたのです。

だから、思うのです。命ある者は、誰一人として、かけがえのない、大切な人なんだよ!と若い方たちに、言いたいのです。

なかなか、人と同じではないこと、同じように生きられないことで、どうしても、自己否定をしてしまうくせがついてしまいますが、少しだけ、遠回りをしているだけ。どの道を選んだとしても、そこには、他では得ることのできない、出会いと、経験をたくさんし、やがては、そのすべてがあなた自身の心の栄養となり、財産になっていくのです。

私は、そのことを、息子たちから、たくさん学ばせてもらったのです。たくさん経験させてくれて、ありがとう。楽しかったよ。今の母さんが、自分らしく、生き生きと、垣根なく、どこにでも、行けるのは、あなた達のおかげなの。生まれてきてくれて、ありがとう!と、息子たちに、感謝する言葉を、伝えています。

親子であっても、言葉にしてちゃんと伝えなければ、伝わらいのですから。親子なんだから、遠慮なんかしなくていいから、思っていることを言葉にして伝える努力は、必要だよ・・・と言い続けています。

便利な世の中になっても、人の声のぬくもり、手をつなぐ、その温かさ、人を大切に思う気持ちは、ちゃんと伝えることを忘れてはいけないように感じています。だから、いまだ、友人、知人には、手紙を書いてます。季節の変化を感じられる封筒に、便箋や、切手など選ぶために、よく郵便局に出かけます。私の心を届けるために。

はてさて、長くなりましたが、今日は、とてもうれしい記念日になりました。

W・Wさん、あるがまま、受け止めてくださって、ありがとう。心からの感謝を。ヾ(o´∀`o)ノ

*しばらくは、お絵かきできないのですが、一番お気に入りのイラストに、メッセージを載せて、贈らせていただきますね。

カミングアウトした人、そして、これからしようとしている人たち。

長年の付き合いで、その人の人となりなど、あうん的な直観・動物的嗅覚などで、この人になら、偏見なしで受け取めてくれるだろう人たちに、すでにカミングアウトしています。

今のところ、戸惑ったかもしれないけれど、どなたも、私のあるがままを受け入れ、今までどおり、変わらぬ交友が続いています。そういった点では、友人、知人の数自体が、それほど多くはないので、比較的、楽に伝えることができております。

そして、何といっても、私がこの世に送り出した二人の息子たちが、一番の理解者であり、私の生き様をずっと見てきたわけですから、隠しようのないほど、むしろ、私自身の気がつかない内面的なことまで、察知し、さりげなく、彼らなりのフォローしてくれる、最強のアライでいてくれることが、私が私らしく生きてこれた、一番の理由なんだろうと思っています。

そういった出逢いがあった数々の幸運に、いつも、その幸運は決して当たり前ではないことに、心から感謝している花おばさんなのです。

Xジェンダーコミニティで、出逢う様々な状態の方々の日々の出来事や、その方ならではの感性に触れるたび、共感することがたくさんあり、つい、応援したくなってしまっている自分を強く感じていますが、老戦士は、若者に道をゆずる・・・なんて言葉を思い出し、あまりでしゃばらず、経験値を見せびらかさないよう、抑圧者側に立たないよう、気をつけて自重しなくては・・という意識が働いておりますが、それでも、そんな人たちに出逢えたうれしさがこみあげ、ついつい、ハイテンション・はしゃいでしまう、わたくしがいるのも、事実で、その加減調整に慣れなくて、もう少しの辛抱だと思っている今日この頃でございます。

これから、伝えようとしている人たち。今もずっと気にかけてくださっている絵師さんには、先日、メールで、伝えたいことあるとメールを送り、その方から、その文面から、とても大事な内容だと受け止め、正直に、迷っているとお返事をいただきました。

なので、正直に、けれど、少しだけ、オブラートに包んで、ニュアンスだけ伝えてきました。よくよく慎重に検討してください、と伝え、もし、彼がそれでも、私という人間性を信頼してもらえるなら、このジェンダーライフブログのアドレスを伝えようと思っています。

少しだけ、どきどきしています。

そして、もう一人の人は、Gの人です。彼と出会うきっかけをくれた、あるG男性と関りを持っていたことで、知り合った人です。
けれど、残念ながら、最初に出逢っていたGの男子は、自分のGであることを、どうしても、父親に話せないまま時がすぎ、伝えるきっかけを準備してくれた人同伴で、話し合いの場に行く予定をしていましたが、あまりの恐怖という傷がまわって、逃げるように、自分の殻に閉じこもり、外出できなくなり、そのうち、鬱を発症し、その後、自死という道を選んでしまいました。残されたGのパートナーの悲しみは、とても傍でみているのが辛く、言葉が見つからないほどの深いものであることを、私に教えてくれた人です。

私は、ひょんなご縁で、彼らと関わることになったことで、人が愛し合うことに、垣根はなく、心から愛し合う姿は、とても美しいんだな・・・ということを教えてもらったのです。彼は、片割れを失ったことで、彼のグリーフケアができればと、寄り添うつもりで、時間をシェアしているとき、『〇〇ちゃんと一緒にいると、ほんとに安心できる』と言ってくれたその言葉には、うそはなかったと今でも思っているので、いつか、時がきたら、彼には、正直に私のことを伝えようと思っています。

自分がGであることを、少なからず、思い悩んだ彼なら、私がXジェンダーであったとしても、偏見は持たないとそう、信じているのです、けれどそれは、あくまでも、私の願望です。だから、勇気を出して、いつか彼に会いに行こうと思っています。できれば、2017年中には、行きたいな。どういう結果が待ち受けているか、まったく予測はできませんが、でも、私がこの世で、伝えたい、最後の人になるはずですから。自分のこれまでの彼という人間を見てきた人間性を信じているから。

それは、つまりは、私が、私というひとりの人間を信じてあげよう!、あげなきゃ、かわいそうだよ!といつも、自分に言い聞かせているからに他なりません。

以上、今日のXジェンダー・ライフ日記は、これにて、終了。 これから、主婦業してきまーす。

Xジェンダー宣言・まだおぎゃー段階

えっと、私のXジェンダーコミニティ・デビュー新米・ひよっこ状態の花おばさんです。知らないことだらけ、まだ入り口段階で、戸惑っている自分がいます。なんだか、田舎から、都会へ出てきたばかりの、不安いっぱい、大丈夫かー?的感覚がまとわりついてます。

あるお話がふっと、思い浮かんできます。『いなかのねずみと、都会のねずみ』のお話。自然にいっぱい囲まれて、のんびり、ゆったりの暮らしをしていたねずみが、ひょんなことから、刺激満載の都会の街にでかけ、いろんな経験をし、やはり、自分の生まれ育った田舎がいいや・・・となるお話。

私は、小さな町(住んでいる人の顔を全員しっていて、町の人たちも、私のことをよく知っている。そんな小さな町から、父の転勤で、突然、大きな町へ引っ越した時は、もう、その都会的雰囲気の学友クラスに、ものを知らない、こんなことも知らないの?的視線に圧倒され、弱みをみせないよう、自分がなんという住所番地も知らないのに、虚勢を張って、肩に思いっきり力入って、悟られないようにしていた、学校終われば、どっと、疲れていた転校生活を経験したことがありますが、肩こり、首コリ、ひどかったぁー!

そして、その逆パターンも経験し、あぁ、田舎のねずみと、都会のねずみ両方体験したんだ、両方のその気持ち、わかるなぁ~・・と二度おいしいお得感を思っていました。

なので、まったく初めての経験をしている真っ最中で、田舎から都会の街へ初めて上京してきたばかりの・不安だらけの、びくびくしているあのねずみさん状態。事前の予備知識もないまま、いきなり、未知の世界へ、えぃ!って飛び込んでしまった感覚に似ています。

けれど、これだけは、確かなことがわかっています。いろんな人がいるってこと。線引きされることもない、細分化されるカテゴライズに押し込められる心配もしなくていい、そして、違うこと、異質であっても、誰かから、攻撃や、否定や、排除圧力も受ける心配もしなくていい。

私が一番願う、多種・多様な段階、状態の人々の集まりであることが、ここにはあるんだってこと。それだけは、信じてもいいかなって、少しずつ、思えている臆病なXジェンダーおばさんです。
ヽ( ´_`)丿・・・・・・・・・・・・(。>ω<。)ノ

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見た目も、医学的にも、ノーマル女性にしか見えない管理人。けれど、幼いころより、何故女子のはかわいいお嫁さん、ままごと遊びしかしてはだめなの?
桃太郎のお話の中の、しばかりにでかけるおじいさんになりたかった女の子でした。男は度胸、女は愛嬌の逆合言葉にしたかった管理人。やっと、最近、そんな肉体の性別と感覚の性別で揺れ動いている人達に出逢って、ほんとうの自分に出遭えた喜びを、止められない私がいます。こんな管理人ですが、どうぞ、よろしく。

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